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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)259号 判決

原告

松下秀治

被告

板倉誠一

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告に対し被告板倉は金八九八万四〇五五円およびうち金八四八万四〇五五円に対する昭和五〇年二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員、被告会社は金二六三万五六二二円およびうち金二三八万五六二二円に対する前同月五日から支払ずみまで前同割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担、その三を被告板倉の負担、その一を被告会社の負担とする。

四  この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金一〇〇〇万円およびこれに対する被告板倉は昭和五〇年二月二日から、被告会社は同月五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故

原告はつぎの交通事故により被害を被つた。

1  日時 昭和四七年一月二八日午前二時五〇分ごろ

2  場所 八尾市服部川三二〇番地

3  事故車A 大型貨物自動車

運転者 訴外木村重雄

4  事故車B 普通乗用自動車

運転者 被告板倉

同乗者 原告

5  態様 AがBに追突

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告会社はA車を保有し、自己のため運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告板倉はA車の直前で急制動した過失により本件事故を発生させた。

三  損害

1  傷害、治療経過等

(一) 損害

右股関筋外傷性脱臼、右大腿骨々頭骨折、顔面、頭部挫創傷、左下腿、右手関節挫傷、頭蓋骨陥凹骨折

(二) 治療経過

昭和四七年一月二八日から同年五月二二日まで入院その後同年一二月六日まで通院。

(三) 後遺症

右下肢萎縮、知覚鈍麻、運動障害

2  損害額

(一) 治療費 金九六万四〇円

前記入通院治療費として右金額を要した(但し、内金四〇万四六七〇円は健保支払)。

(二) 入院雑費 金三万四八〇〇円

前記一一六日間の入院に伴う経費として一日金三〇〇円の割合による右金額を要した。

(三) 入院付添費 金七万六八〇〇円

前記入院中の昭和四七年一月二八日から三月三一日までの六四日間妻が付添看護にあたり、一日金一二〇〇円の割合による右金額の付添看護費用相当損害を被つた。

(四) 休業損害 金三二万一九八〇円

原告は本件事故当時、奈良県社会福祉事務所にケースワーカーとして勤務し月額金八万二七〇〇円の収入を得ていたが、本件事故のため、昭和四八年五月一七日退職を余儀なくされた。而してこの間、事故日から昭和四七年九月五日迄は特別ならびに年次有給休暇をとつたが、その後は二ケ月間休職し、又、合計三ケ月間欠勤を余儀なくされた。休職中は給料の八割が支給され、欠勤中は給料の支給はない。原告の給料は昭和四七年七月一日から金九万四七〇〇円に昇給しているので、この休業損害を算定すると右金額となる。

(五) 後遺障害による逸失利益 金一〇三三万三〇七二円

原告は前記後遺障害のためその労働能力を四五パーセント喪失するに至つたが、それは昭和五〇年から向う二九年間継続し、その間右労働能力喪失率に応じた減収を招くものと考えられるところ、原告の退職時の給料は月額金一〇万八六〇〇円であるからこれにより将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると右金額となる。

(六) 慰藉料 金三八五万円

四  損害の填補

原告は自賠保険から金二一八万円の支払を受けた。

五  結論

よつて、原告は被告らに対し本件事故に基づく損害賠償内金として金一〇〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被告板倉昭和五〇年二月二日、被告会社同月五日)から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める。

第三答弁

一  被告会社

請求原因一項は認める。

同二項1は認める。

同三項は不知。

同四項は認める。

二  被告板倉

請求原因一項は認める。

同二項2は争う。

同三項は不知。

同四項は認める。

第四抗弁

一  被告会社

1  免責

本件事故は被告板倉の一方的過失により発生したもので、訴外木村には何らの過失もなく、且、A車に構造、機能上の欠陥は無かつたから被告会社は免責される。

本件事故現場は、大阪外環状線(片側二車線)上の信号機で交通整理される交差点で、制限時速は五〇キロである。

訴外木村はA車を時速約五〇キロで運転して中央寄り車線を北進し、青信号に従い交差点を直進しようとしていたが、B車が外側の車線から追抜き、その後、A車の直前に進路を変更して急に停車の態勢に入つたため、同人も急制動したが及ばずこれに追突したものである。

B車がA車の前方へ進入してきた時のA車の位置を1、B車が停止し始めた時のA車の位置を2、衝突地点を3とすると、1 2間は三五メートル、1 3間は五三・四メートルであるが、当時のA車の時速によると、その制動距離は四五ないし五三メートル、又、A車が1から2に至るまで僅かに二・二九秒ないし二・五二秒しか要しないのであり、これによると、訴外木村は1から2に至る間、B車との間に安全な車間距離をとる時間的余裕はなく、1で急停車措置をとつて辛うじて追突を免れ得る関係にあるわけである。

ところが、B車はA車を上廻る高速で進行しており、交差点で停車することを予想しうべき状況もなかつたのであるから、訴外木村が、両車が従前の速度で進行する限りB車との車間距離はひらき安全と考え、1で制動措置をとらなかつたのも無理からぬところでこの点に過失はない。

本件事故は、右に述べたように専ら被告板倉が安全な車間距離をとらずにA車の前方へ進路変更した過失により発生したものである。

2  過失相殺

仮に本件事故発生について訴外木村にも過失があるとしても、被告板倉の過失は前記のとおりであるから、被告板倉と原告の次の関係に照すと、同被告の過失は、いわゆる被害者側の過失として原告の過失と同視すべきである。

イ 原告はB車を相当期間の予定で他から借り自らのために運行の用に供していたものである。

ロ 原告と同被告は親しい友人関係にあり、本件事故は、二人でアルサロ、スナツクにて飲食したあとホステスを伴つての帰途、運転を交代した後発生したもので、原告は同被告と共同してB車を運行していたもので、原告は同被告に対し運転上の指示を与えうる地位にあつた。

ハ 原告は被告板倉と共に飲酒し、同被告が飲酒していることを知りながら運転を委ねている。

3  好意同乗

被告板倉の原告に対する損害賠償額は好意同乗の理により減額されるところ、右は被告会社との関係においてもなされなければならない。

そうでないと、被告会社と被告板倉の間において負担部分を決める際、本来の負担部分を超えて、求償による負担を強いられる場合がでてくる。

二  被告板倉

被告板倉は、事故三〇分前、原告の懇請により運転を替り、その指示に従いその女友達を迎えに行つたりして本件事故に遭遇したものであるから、原告の同被告に対する本訴請求は信義則に反し権利の濫用である。

第五原告答弁

一  免責

争う。本件事故発生について訴外木村には速度違反、適正車間距離不保持、前方不注意等の過失がある。すなわち、A車の時速は五五キロを超えていた。又、B車がA車の前へ進出した際の両車の車間距離は約一三メートルであつたから、同人は直ちに減速すべきところ、A車が停止しかけてもなお制動措置を講じていないのである。

二  過失相殺

争う。被害者側の過失とは、被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にあるものの過失をいうものであるところ、原告と被告板倉の関係は、仮に原告がB車の運行供用者に該るとしてもそれのみでは右要件を充すのに十分ではなく、又、B車の具体的運行に照しても、原告と被告板倉が一体となつた関係はなく、更に、原告が同被告の飲酒の事実を知つて運転を交代したこともないのである。

従つて、同被告の過失を原告の過失と同視する根拠はない。

三  好意同乗

好意同乗による損害額減額は同乗者相互間の問題である。

理由

一  事故

請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

1  運行供用者責任

請求原因二項1の事実は、当事者間に争いがないから、被告会社は免責の抗弁が認められない限り、自賠法三条により本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

2  一般不法行為責任

成立に争いのない乙一ないし一八号証、証人木村の証言、被告板倉本人尋問の結果によると次の事実が認められる。

本件事故現場は、車道幅員一三・六メートルの南北道路(中央線で区分され、片側二車線)と東西道路(交差点東側で幅員七メートル、同西側で幅員六・二メートル)との信号機で交通整理される交差点で、制限時速は五〇キロである。当時、路面は雨のため湿潤していた。

被告板倉はB車を時速約七〇キロで運転して南北道路外側車線を北進し交差点手前にさしかかつた際、先行車を追越すべく、中央線寄り車線へ進路を変更してA車の前方一〇ないし一三メートルの地点に進出のうえ、減速徐行して交差点直近に至つた際、A車に追突された。

訴外木村はA車を時速五〇ないし五五キロで運転して南北道路中央線寄り車線を北進し、交差点手前約六五メートルに至つた際、前方約一三メートルの地点でB車が中央線寄り車線へ進路変更するのを認めたが、折柄、対面信号は青であるからB車は従前の速度で交差点を直進するものと考え(B車は右折のための方向指示はしていなかつた)、自らも従前の速度で進行しようとしたところ、その直後、B車が減速徐行の態勢に入つたのを認め急制動するも及ばずB車に追突するに至つたものである。

以上の事実が認められる。

右事実によると、本件事故は、被告板倉がA車の直前に高速で進出のうえ急激に減速徐行した過失、訴外木村が、B車が自車の進路直前に進出してくるのを認めながら減速することなく従前の速度のまま進行を続けた過失により発生したものと認めるのが相当である。

よつて、被告板倉は民法七〇九条により原告の本件事故による損害を賠償する責任がある。

3  免責

訴外木村に前認定の過失が認められる以上、その余の点について判断するまでもなく被告会社の免責の抗弁は理由がない。

三  損害

1  傷害、治療経過等

原告本人尋問の結果とこれにより成立を認める甲四、九号証により請求原因三項1の事実を認める。なお、後遺症固定の日は昭和四七年一二月末日頃である。

2  損害額

(一)  治療費 金五五万五三七〇円

原告本人尋問の結果とこれにより成立を認める甲二号証、三号証の一ないし四、五号証の一ないし三により認める。なお、確保支払分は除かれるべきである。

(二)  入院経費 金三万四八〇〇円

経験則によれば、原告の前認定一一六日間の入院に伴う雑費として、一日金三〇〇円の割合による右金額を要したことが認められる。

(三)  入院付添費 金二万八八〇〇円

前記甲九号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は前認定入院期間中の昭和四七年一月二八日から二月二〇日までの二四日間付添看護を要したため、妻が付添看護にあたつたことが認められるところ、経験則によれば、右付添看護により一日金一二〇〇円の割合による前記金額の付添看護費用相当損害を被つたことが認められる。

(四)  休業損害 金三二万一九八〇円

方式により成立を認める甲六、七、一〇、一一号証、原告本人尋問の結果によると請求原因三項2(四)の現実が肯認される。

(五)  後遺障害による逸失利益 金七九七万三一〇五円

さきに認定した原告の後遺障害の部位、程度等によれば、原告は前認定後遺障害のためその労働能力を四五パーセント喪失し、それは、原告の退職後、昭和四八年五月一七日から少くとも三一年間継続するものと認められるから、原告のこの逸失利益を事故直前の収入(月額金八万二七〇〇円)により年別のホフマン式を用い年五分の割合による中間利息を控除して算定すると右金額となる。

(六)  慰藉料 金二五〇万円

本件事故の態様、原告受傷の内容、程度、後遺障害の内容、程度その他諸般の事実を総合すると、本件事故による原告の慰藉料額は金二五〇万円が相当である。

四  過失相殺

前認定のとおり、本件事故は被告板倉、訴外木村両名の過失によつて発生したものと認められるところ、その過失割合は六対四とするのが相当である。

而して、前記乙一、二、五、八、一一、一三、一六、一八号証、原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

原告はB車を親戚から借り自己のため運行の用に供していたところ、事故前日の夕方、近隣の友人である被告板倉を誘い奈良から大阪迄来遊、友人、アルサロホステスらと合流のうえスナツクで飲食ののち帰途につき、途中、順次友人を降ろし、残つたホステス一名を生駒方面へ送り届ける途上、原告は飲酒していたため布施市内で被告板倉と運転を交代し自らは後部座席に乗車して進行中、本件事故発生に至つたものである。

以上の事実が認められるところ、右は要するに、原告はB車の運行供用者であり、事故発生の際、B車に同乗していたのであるからB車の運行は原告の具体的支配圏にあつた、B車は原告、被告板倉両名の共同目的のため運行されていた、本件事故は、偶々、原告が同被告に運転を委ねた際発生したものであることに帰し、斯様な場合、被告板倉の過失は原告の過失と同視すべきものと認めるのが相当である(被害者以外の者の過失が斟酌されるのは、被害者と過失ある者との間に身分上、生活関係上一体となす関係(被害者が過失ある者に対し、事実上、社会通念上、賠償請求権が行使できないような関係)がある場合に限らず、例えば、両者の間に、使用、被用の関係がある場合にも是認されるのであり、本件事例も上記のように解釈してさしつかえないものと考える)。

そうすると、被告会社において支払わなければならない損害額は、前項の合計金一一四一万四〇五五円の四〇パーセントに相当する金四五六万五六二二円ということができる。

五  好意同乗

原告の被告板倉に対する関係においては、前認定原告同乗の経緯等に照すと慰藉料額の三〇パーセントを減ずるのが相当である。

よつて、同被告が原告に支払うべき損害額は金一〇六六万四〇五五円ということができる。

同被告の権利濫用の抗弁は採用し難い。

六  損害の填補 金二一八万円

当事者間に争いがない。

よつて、原告の前記損害額から右填補分を差引くと、残損害額は、被告会社に対し金二三八万五六二二円、被告板倉に対し金八四八万四〇五五円となる。

七  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、本訴請求額および認容額等に照らすと、原告が被告らに対し賠償を求め得る弁護士費用の額は被告会社に対し金二五万円、被告板倉に対し金五〇万円とするのが相当であると認められる。

八  結論

よつて、被告らは各自、原告に対し被告板倉は金八九八万四〇五五円およびうち弁護士費用を除く金八四八万四〇五五円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五〇年二月一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、被告会社は金二六三万五六二二円およびうち弁護士費用を除く金二三八万五六二二円に対する前同様同月五日から支払ずみまで時間割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蒲原範明)

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